プロフィール

【自己紹介】大学卒業後、フリーランスに。才能も実績もない私が美容ライターから美容家になるまでの全て。

私がお世話になっている医療脱毛!

初めまして。
美容家の松下侑衣花(まつしたゆいか)です。 

心機一転ということで新しくブログを作りました!
これからはブログでも発信していきますので、よろしくお願いします💗

今回は、記念すべき1記事目ということで改めて自己紹介をさせていただきます。

自己紹介

改めまして、美容家の松下侑衣花(まつしたゆいか)です。
1991年12月31日生まれの29歳、静岡県出身です。

 

photo by松下侑衣花

 

大学入学を機に上京し、東京生活は10年ほど。
時の流れは早い! と感じながら、刺激的な毎日で色々なことを経験して学んでいる真っ最中。

 

まず、私の経歴をお話しさせていただきますね。

 

大学は、渋谷区にある青山学院大学経営学部のマーケティング学科を卒業しました。
実は、青学へは編入学していて、その前は青山学院大学女子短期大学に通っていました。高校3年生のときにも青山学院大学を受験したのですが落ちてしまい……!(この頃から無謀な挑戦しがち)

どうしても諦めきれず、青学への編入学目的で編入学制度がある青山学院女子短期大学に入学することを決めました。

 

でも、両親からは猛反対。
それも当たり前で、編入学試験を受けるということは就活ができません。もし編入学試験に落ちたら、青学女子短期大学に行ったのも水の泡になり、ニートになります。「そんな無謀な挑戦はするな!それなら、もっと学費が安くて実家から通える静岡の大学に受かっているんだからそっちに行きなさい!」ということでした。

 

でもその反対を押し切るほど「絶対に青学に行くぞ」という気持ちは強く、「私は絶対に青学生になって、校内にある並木道を颯爽と歩くんだ!」と思っていたので、無理矢理、上京してきました。(両親との対立①)
ただし、両親から「学費を全額は払えない」と言われたので、奨学金を毎月借りて自分で返すことを条件の一つに。

社会人になった今、毎月奨学金の返済をしています。(これがあと何年も続く…!)


もちろん編入学にも試験があり、英語の筆記試験、青短&青学の先生たちとの面接が2回、成績通知で合否が決まるものでした。
そして、短期大学2年間在学中のときに猛勉強した甲斐あって、3人しか受からない青山学院大学への編入学をすることができました!(29年間生きてきて一番嬉しい出来事)

photo by松下侑衣花

 

 

しかし。
晴れて青学生になって憧れの並木道は歩けたものの、青学のキラキラ感になじめず(笑)、大好きなマクドナルドやヘアサロンの受付のアルバイトをしたり、読者モデルやサロンモデル活動を週5〜7でする大学生活を送っていました。(今思うと、もっと青学ライフを楽しめばよかった…!笑)

でもこのアルバイトを通じて、大学生の頃から”好きなこと(やりたいこと)を仕事にする”をしていたので、大学卒業後も絶対に自分の好きなこと(やりたいこと)を仕事にして生きていくと心に決めていました。


その後、とあるきっかけがあって美容ライターさんの専属アシスタントに就かせていただき、大学4年生のときにライターデビュー。大学卒業後は企業に就職せず、フリーランスになって独立しました。

そして2016年秋からは肩書きを”美容家”として活動していて、現在はTV、雑誌、WEB媒体で、ボディケア、スキンケア、メイク、コスメ、インナーケアなど幅広く美容を発信。
VOCE、andGIRL、Cinq、おうね。では連載記事を書かせていただいています。

 

パーソナルカラー診断_松下侑衣花photo by松下侑衣花

 

美容関連の資格は、
・日本メイクアップ技術検定1級
・CSCA認定16タイプ・パーソナルカラーアナリスト
・CSCA認定骨格分析パーソナルスタイリスト
を持っています。

 

大学からの経歴をバーッと書くとこのような感じですが、きっと「ん?」と思った箇所がいくつかあったと思います。(笑)

「何をきっかけに美容ライターのアシスタント?」
「何で企業に就職しないでフリーランス?」
「美容ライターから美容家にどうやってなったの?」など。

この自己紹介記事では私のことをもっと知っていただきたいので、そんなところも詳しく書いていきます! 

違和感しかなかった就職活動期間中に運命の出会い

最終的に企業には就職せずにフリーランスになったけど、就職活動はやっていました。私の頃は大学3年生の12月解禁だったので、周りのみんなと合わせて黒髪にして、スーツを買って、エントリーシートを書いて、企業説明会へ行く毎日。

でも、正直、そんな自分に違和感しかなくて……。

周りのみんなは「広告会社に入ってビールのテレビCMを作りたい」「オリエンタルランドでディズニーランドのキャストをやってゲストを笑顔にしたい」とか具体的にやりたいことが決まっていたのに、当時の自分はただ漠然と「美容系の仕事がしたいな」「読んだ人の心にグッと刺さるキャッチコピーを書きたいな」と思いながら、美容系や広告系の企業を中心に就職活動をしていました。


面接ではもちろんこの思いを伝えていましたが、面接官の方々からいただくのはだいたい同じ言葉。
「うちに入社しても松下さんのやりたいことが絶対にできるという保証はできなくて、違う部署や仕事を任せることになる可能性もあるけど、それでも大丈夫?」。
(このようなリアルなことを面接時で言っていただけたこと、本当に感謝しています…!)

そのお言葉を聞いて、「それは無理だ……。自分のやりたいことを今すぐやりたい!」という気持ちを抑えることができなくて、失礼にならないように何社かは辞退をさせていただき、結局1社からも内定通知をいただいていないまま就職活動を辞めました。
それが大学4年生の5月のこと。

同じゼミの子たちは大手企業に内定が決まって、髪を茶色くして、アルバイトを再開して、遊びに出かけてウキウキしているのに、1社からも内定がない自分。

「卒業しても東京にいたい。でも東京にいるには家賃や生活費や奨学金の返済も全部自分で払わなくちゃいけない。仕事がないと生きていけない。この先どうする?」
という思いがずーっとグルグル。

行き詰まったとき、数ヶ月ぶりにFacebookを開いたら、友達がこんな投稿をしていました。

「私の知り合いの美容ライターさんがアシスタントを募集しているので、誰かやりたい人いませんか?」

これを見た瞬間、ピン! と頭の中で何かに弾かれたような感覚があって、その1分後には友達に「やりたい!」とメッセージを送っていました。

 

photo by松下侑衣花

 

これは人生を切り拓いていく上で私が大事にしていることですが、直感を信じること。そして、時には勢いのまま突き進むこと。
見えない未来のことばかり考えると一歩も踏み出せなくなりがちだけど、自分の思うままに行動すると道は開けるんだということを、この経験から学びました。

アシスタントから美容ライターになるまで

大学4年生の5月。
友達に紹介してもらった美容ライターさんにご挨拶させていただき、6月から専属アシスタントをさせていただくことになりました。

それまでの人生で”美容ライター”という職業が頭に浮かんだことがなく、文章を書くのも苦手だった私だけど、憧れの美容業界に一歩踏み入れた瞬間です。

基本的な文章の書き方、取材撮影のときのマナー、美容ライターとしての心得などたくさんのことを教えていただき、師匠には感謝しかありません。

 

1つのコスメを紹介するたった200文字の文章を書くのに6時間もかかっていたけど、毎日書くことを練習していたらだんだん書くのが早くなり、文章を褒められることが増えていって、必死だった中でも「美容ライターって楽しい!」と感じる毎日。

とにかく覚えること、やるべきことがたくさんで、このときの記憶は正直あまりありません(笑)。
人と向き合うよりもPCと向き合う時間の方が圧倒的に多い毎日。

 

「私は美容ライターとして生きていく」と覚悟を決めて実家の両親にも伝えたら、猛反対。一時的に縁を切られました(両親との対立②)。
それでも自分の好きなことを仕事にして生きていくという気持ちはブレなかったです。

 

ただ、アシスタントの収入だけだと生きていけないことは分かっていたので、大学4年生の10月に先輩の紹介でとあるメディアの編集さんをご紹介していただき、そこで書かせていただくことになりました。
クレジットに初めて自分の名前が載った記事が世に出る。これが私のライターデビューです。

「お金を稼がないと東京で野垂れ死ぬよ」「実家からお金は出せないからね」と縁を切られる前に両親から言われたので、とにかく毎日文章を描き続けました。

1か月間で、WEBで100記事以上、雑誌で6ページ以上を書く生活を何ヶ月も続けて、なんとか少しずつ貯金を増やしていったなぁ。

生きるor死ぬみたいな中でとにかく必死で、3日連続徹夜とかも当たり前のようにしていてほとんど記憶がない時期だけど、この経験のおかげで書くことへの苦手意識も薄れて、自分の言葉や言い回しを見つけることができたと思っています。

 

今では「好きなことを仕事にしよう」と色々なところで言われていて、「好きなことをして食べていけるなんていいね〜」とたまに言われたりもしますが、好きなことを仕事にするには相当の覚悟と努力が必要です。フリーランスでやるなら尚更。

当時、私が好きなことを仕事にするとき、自分自身に何度も言い聞かせていた言葉があります。
「どんなに辛いことや悲しいことがあっても乗り越えて、絶対に好きなことを仕事にしていく。もし好きなことで十分に稼げなかったら、アルバイトを掛け持ちしてでも続けていく」

才能も実績もなかった私だけど、覚悟と努力だけで美容ライターになりました。

美容ライターから美容家になるまで

美容ライターデビューをさせてもらった媒体で書いて書いて書きまくっていたおかげで、私が書いた記事が人気ランキングの常連となり、その記事が他の媒体の編集さんの目に留まり、他の媒体でも書かせていただくことになりました。

その連鎖が続いて、大学を卒業するまでに4つくらいの媒体で記事を書かせていただくことに。同時に専属アシスタントのお仕事も続けさせていただき、本当に有り難かったです。

ほぼ寝ずに記事を書き続けているのにも関わらず、「美容のことをもっともっと発信したい!」という気持ちがますます強くなって、Twitterでもコスメやメイクの発信を始めました。

毎日欠かさずツイートをしていたら有難いことにフォロワーさんが2万人を超えました。そんなとき、とある媒体の編集さんから「ゆいかさんを取材させてほしい」とご依頼をいただきました。

今までライターとして取材をする側だったのに、初めて取材を受ける側に。
このときはすごく不思議な気分だったけど、でも書く以外の方法で自分の言葉で大好きな美容を語れることがとっても嬉しくて楽しかったなぁ。

ここで、編集さんが転機となる言葉を言ってくれます。
「肩書き、美容ライターじゃなくて美容家だね」

嬉しい反面、ちょっとくすぐったい気持ちもあったので、記事には「美容ライター/美容家」と記載していただきました。それが2016年秋のこと。
私が初めて、自分の名前の横に”美容家”とつけた瞬間です。

これを皮切りにだんだんと表向きのお仕事が増えていき、「これからは美容家として美容を伝えていきたい。いこう!」と決心し、現在は美容家としてお仕事をさせていただいています。

美容家として今後の目標

photo by松下侑衣花


今後は今の活動に加えて、もっと皆さんと直接お会いしたり、お話ししたりする機会を増やしたいです。

お会いできるのは状況が落ち着いてからになりそうなので、今はインスタライブを多く配信したり、Clubhouse(アプリ)で毎日お話ししています!
オンラインでも皆さんとお話できたら嬉しいです♡

 

あと、今後の目標はいくつかあります。
・コスメをプロデュースすること
・本を出版すること(ケアやメイク法、おすすめコスメ、美容への想いを一冊にまとめたいです…!)
・トレーニングウェアをつくること
・TV、雑誌、WEBで発信させていただく機会を増やして、もっとたくさん美容をお伝えすること

最近は美容だけでなく、恋愛やお仕事についても知りたいと言っていただけるので、お伝えするジャンルの幅を広げて皆さんのお役に立てることを発信していきたいです。

 

……わー! 気づいたら5000字近く書いていました!
長文を読んでいただき、本当にありがとうございます。
またブログ更新します。

まだまだ未熟な私ですが、これからもよろしくお願いいたします!

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